「いざ子ども 狂(たは)わざなせそ 天地(あめつち)の 堅めし国そ 大和島根(やまとしまね)は」
この威勢の良い歌を詠んだのは、奈良時代中期に絶大な権力を誇った、藤原仲麻呂(なかまろ)です。
万葉集の編者、大伴家持(やかもち)にとって、政治上の壁となったのが、この藤原氏の台頭でした。
ですが、仲麻呂の時代も長くは続きませんでした。
そんな仲麻呂の全盛期の歌をご紹介します。
これまで、大伴家持を中心に、万葉集の歌をいくつかご紹介してきました。
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冒頭の歌は、家持が憂える原因になった藤原氏の、当時のトップ藤原仲麻呂によるものです。
仲麻呂は、聖武天皇の妃である光明皇后の甥という立場で、これを武器にのし上がっていきました。
749年、聖武天皇は、光明皇后との間の娘・孝謙天皇に位を譲ります。
その際、皇太子、つまり、孝謙天皇の次の天皇になる皇子として選ばれたのが、道尾王です。
ですが、孝謙天皇は、756年に聖武天皇が亡くなった後、道尾王を廃太子してしまいます。
そして、仲麻呂が、自らの推す大炊王を皇太子にしました。
仲麻呂にとって、まさにこの世の春。
この大炊王、つまり後の淳仁天皇を意のままに操っていくのです。
ときは757年、大炊王が皇太子になった年の新嘗祭翌日の宴で、仲麻呂は、大炊王のあとにこの歌(冒頭)を詠いました。
訳です。
皆のものたち、愚かな真似をするのではないぞ。天地の神々が作った国なのだから。この大和の国というのは。
「子ども」というのは、チルドレンという意味ではなく、年下や部下に対して親しく呼びかけているという意味のようです。
ですが、目下の者ども、と、言ってるような、傲慢な感じを受けなくもないです。
そして、この国は「天地」つまり天の神、地の神が作った、と言ってはいるものの、実際には、次期天皇になる皇太子を、身内同然の皇子に与えることのできた、自分自身のことを言っている、という解釈にもなるようです。
また、この前年に橘奈良麻呂の乱が起こり、反・仲麻呂の人たちは、皇族の人々も含めて、過酷な処分のうちに亡くなります。
つまり、「狂わざなせそ」という言葉のなかには、「俺に歯向かうようなバカな真似をするようなことは、あってはならんぞ」という意味もあったのでしょう。
てめえら、ふざけたことするんじゃねえよ、というところでしょうか。
いばってますし、調子にのってますね。
それも仕方ないことかもしれません。仲麻呂も、若い頃はそれなりに苦労した時もあったようですし、何より、藤原一族というのは、鎌足からこちら、興亡を繰り返しながらも、宮廷を牛耳ってきた氏族なのですから、その一家の長として、誇り高い気持ちになったのでしょう。
とはいえ、こういうタイプ、現代でもいますよね・・・
そして、私たちも、政治家のトップにならないまでも、色々なことが上手くいっているときほど、仲麻呂の態度は反面教師になるのかもしれません。
というのも、この、たった7年後に、仲麻呂もまた失脚していくのです。
実は、この歌の3つほど前に、家持は自身のこんな歌を載せています。
「咲く花は うつろふ時あり あしひきの 山管(やますが)の根し 長くありけり」
咲く花は移ろい変わる時がある。山菅の根こそ、長く切れないものなのだ、という意味です。
山菅とは植物の名前で、カヤツリグサ科スゲ属のことをいい、地味ながら細く長く続く茎の植物です。
いずれ世は移り変わっていくものだから、菅の根のように、細く長くありたいものだ、という気持ちだったのかもしれません。
さて、悪人面を強調してご紹介しました、藤原仲麻呂ですが、こんな歌も万葉集には編まれています。
「天雲の 行き帰りなむ ものゆゑに 思ひぞ我(あ)がする 別れ悲しみ」
仲麻呂の従弟、藤原清河が、遣唐使として唐へ渡ることになりました。
その送別会のあった春日大社で、仲麻呂が詠った歌とされています。
天の雲のように、行ってすぐ帰ってくることだろうが、私は物思いをしてしまいます。別れが悲しくて、という意味でしょうか。
一説によると、その前年に、仲麻呂の息子が留学生として任命されたことで、息子との別れを悲しんで作った歌だともいわれているようです。
どちらにしても、人間らしい、仲麻呂の一面が見えますね。
ちょっとホッとします。
それにしても、この歌にある「思ひぞ我がする」というフレーズ、どこかで聞いたことありませんか・・・そう、斑鳩の歌です。
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これについては、また別の機会にしますね。